「ゴミ屋敷」から「古民家」へ。2tトラック4台分の不用品を排出し始めました。

祖父母が住んでいた隣りの古民家を
生き返らせて、何かに利用できればいいな、と
歩み始めた

いしわたり ようこです。
唄い踊り戦いながら生きています。

 

「隣りの古民家」とは、
祖父母が住んでいた家のこと。

家族は「母屋」と呼んでいました。

おばあちゃんちが「母屋」
わたしんち の隣りにあります。

隣りっていっても、同じ敷地内に2軒立っており
そもそも 我が家は おばあちゃんちの「離れ」を
改造したものでした。

平成元年に両親が我が家を立て直すまでは
我が家にはお風呂が無くて
ぼっとん便所で、

6畳と6畳を繋ぎあわせただけの我が家には
わたしの部屋が無く、
おばあちゃんち の一室が「わたしの部屋」でした。

両親の不在が多かった子供のころは
ほとんど おばあちゃんちで過ごしてて
夜になると、母か父が
おばあちゃんちのチャイムを「ポーン」って鳴らして
迎えに来て、
我が家に戻るような、そんなかんじ。

あんなに親しんでいたのに

いつから、汚く暗い陰気な場所だと
思うようになっていたんだろう。

 

 

両親も、祖父母が他界し、だーれも住まなくなってからは
処分代が高い粗大ごみや
不要な家電を、どんどん詰め込んでいくようになって

母屋は、どんどんゴミ屋敷というか 倉庫というか
そんな感じになっていきました。

 

使い倒したものも、使わずに放置されたものも。

母が他界して、我が家から排出されたものも多々あり、

壊れた 高枝切りバサミは 二本もあるし。
(あと整理したら3本あった)

 

玄関の土間にいれたまま、壊れた土壁の下敷きになった自転車

 

 

何故か、外にも壊れた自転車がもう一台・・・

 

壊れた洗濯機は、倒されており、

 

 

昭和の残骸がゴロゴロ

 

いわゆる、ワープロ。

昭和時代の扇風機

 

壊れた家電は、全部 ここに集結されていった。

 

ブラウン管テレビは3台ほどありました。

 

 

新学期がスタートし、学校の授業が始まる前に
できるかぎり、不用品を処分したいと思い

すこしずつだけど、手を付け始めたのだけど、、、

 

なにしろ、女手ひとつでは力の限界があり
地方自治体の粗大ごみ回収を利用するには
独りでは不可能。

回収場所まで持っていけないもんね。

ゆえに、困った時に頼りになる
Google先生で「不用品回収」と検索。

たくさん出てきましたが
わたしはこちらのサイトを利用しました。

くらしのマーケット

なかでも「2tトラック詰め放題」のサービスを提供している会社を選びました。

正直なところ、2tでは絶対入りきらないと思ったのですが
いきなり大きなプランを申し込んで
失敗するのは避けたいので

入るだけ 持って帰ってもらおう
と思い、2tトラック詰め放題プランを申し込み。

 

結果として、業者さんの話では

「2tトラック 4台は必要ですよ」

とのことでした。笑

 

 

この詰め放題プラン
大体の相場は 3万円ですが、
駐車場所からの距離とか
段差の数とかで
追加料金が発生します。

これが、案外、高くつく。

わたしの家は
家のそばまで車が入らず
(2m無いんです)
割増料金になりそうでしたが・・・・

担当の業者さんがサービスしてくれて
3万円で収まりました。

厳密にいうと29800円ですが、

頑張って テトリスみたいに
イッパイ積み込んで持って行ってくれたので
200円 「お釣りいりません」
って言いました。

だから3万円。

 

その後、荷物が少なくなったところを
箒で掃いたり
(電気が無いから掃除機は使えないの)

友達たちに手伝ってもらって
ひな壇を飾るために
更に 掃除をしたり ごみを整理したり

 

母が他界して以来 7年以上ぶりのお雛様。

 

 

 

すこしずつ、大学の研究室の皆さんを
迎える準備をした結果・・・

 

 

壊れた2台の自転車は
3万円以内に入ったので持って行ってもらい

現在は、わたしのマイカーが鎮座しています。

ママチャリ サイコー!

 

土壁の落下は、かなり進みましたが、
廊下は掃いて、このようにスッキリ。

 

座布団は干して、畳は拭いて掃いて
スッキリ。

あとは、布団だね。
でも、一人にチカラではチョット難しいのです。

 

畳が見えるようになり、
ソファ類も 3万円以内で持って行ってもらえたので、
奥の「開かずの間」が開きました。

ただいま絶賛 整理中。

大量の本が、あそこにあるんです・・・

 

向こうの部屋にも行けるようになった!

冷蔵庫 洗濯機 乾燥機 テレビ 扇風機
全部持って行ってくれました!

まじで、わたし一人では、粗大ごみにも出せぬモノたちでした。

 

以前は辿りつけなかった、台所までの道が開け
床を掃きました。

 

 

おお。 だんだん家が生き返ってくる。

あの頃の 記憶に残る おばあちゃんちの姿が
少しずつ 戻ってくる。

 

不思議なもんで、
電気は相変わらず通っていないけど
部屋が明るくなった気がする。

友達が一緒に ひな壇を飾ってくれたり、
業者さんが荷物を運び出してくれたり、

人が出入りすると、家は生き返る。

人が住まうために 生きてきた家だから
たぶん、人が好きなんだろうな。

 

いままで、寂しい思いをさせてて、ゴメンネ。

そんな気持ちで
毎日、仏壇と 神棚に 手を合わせてから
一日を始める昨今です。

 

春の日の、庭が好きだ。

庭とともに この家も
春を迎えることができて
ヨカッタ。

 

つづく。

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