【エッセイ】生きる理由と、生きる今、生かされる使命と、目的と。

物販系舞台女優 いしわたり ようこは、
たまに 呟くように 言葉を吐きます。

 


【エッセイ】生きる理由と、生きる今、生かされる使命と、目的と。


 
とある 人が言いました。

動物は、役目を果たすとき 死ぬのだ

と。

ソレを聞いたわたしは、
その命が 死んだ理由を考えるようになりました。

そして、
そばに居る存在が、わたしの元を去るときのことを
考えるようになりました。

 

役目を果たして死んでいく。

 

ならば、そのとき わたしは
その「役目」を 必要としなくなったのだと、
「成長」したのだと、思うようになりました。

 

わたしの成長と、そばにある死。

 

そんなことを考えるようになりました。

 

多くのものが、去りました。

そのたびに、考えました。

「わたしは、何が出来るようになったのか?」と。

 

多くの死に触れたせいか

最愛の人が 去ったせいか

多くを 後悔なく見送ることが出来たせいか、

死を怖がることがなくなった今、

わたしも、死を、怖がらなくなりました。

 

とある 人が 言いました。

「未だ 死にきれぬ」と。

未だ何もこの世に残してない、と。
まだ、できることをしていない、と。

 

わたしは、違くて、

充分 生きた と思っています。
全力で 常に 走ってきました。というか、いまだ走ってます。

いつも、遣り残したことなんて ありません。

と、思うようになりました。

 

思うような結果なんて無くても
わたしの行動に 足りなかったことなんて、無いと、

言い切れる、ようになりました。

いつでも、死ねます。

 

チョット待ってください。

死にたがっている ワケではありません。

 

わたしは「生」に しがみついた人を知っている。

それが、どんなにその人が手放したくなかったかを見たことがあるから

決して、死にたい なんて思うことはありません。

そういう意味では、無いですよ。

 

 

愛犬 クレオたんが 生きている限りは、
わたしは 絶対、死にません。

それが、わたしの、役目です。

わたしの周りの人間は
わんこを 買ってくるのに いつも最後まで傍に居なくて・・・

なんだかわかんないけど、
わたしが、いつも、看取ります。

犬と人間の ふたり住まい、そんな
昨今ですが、

最後はどんなストーリーが 用意されているのか。。。

想像してみても、

的を得ることが出来ません。

 

時に、彼女が

転寝(うたたね)を 終えないのではないか?と
思いをめぐらすときも あり、

留守番の間に、死んでしまうのかもしれない と思い
玄関の鍵を廻す手が 躊躇するときもありますが、

 

心配を余所に

飯を強請ってくれる ワケです。

 

彼女が役割を果たすのは

いつのことなのだろう。 そう思いながら、

 

もしかしたら、

わたしの成長が 至らないままならば

生かし続けてしまう 命もあるのでは。。。と、

ふ と 横切るときもあるのです。

 

父よ。

あなたを ちょっと この世に 縛り付けてしまった わたしは、

次の課題に 進めるようになってるようです。

いまは ふたりで 共に居ることでしょう。

そこに、娘は、 割り込むことは

出来ませんね。笑

 

 

二人の笑顔が見える。

もうしばらく、 娘は生きるでしょう。

 

いろいろ ありがとう。 いろいろな命にありがとう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です