オヤジが徘徊を始めた日 / 痴呆と尊厳と介護と家族

「赤い食べ物」はわたしにパワーをくれるらしい。

 

物販系舞台女優 いしわたり ようこは、
ブログではこんな事を綴ってみる。

 


ボケは、死ぬ準備らしい。


 

そんなふうに聞いたけど、
それは正しいと思うし、
そう思うと、何となく受け止められる気がするよね。

 

人間は、遅かれ早かれ、順番に死ぬワケで

 

またそれに付き合う人間も
遅かれ早かれ、順番なだけ。

 

そうなった時に、

その現実に目を覆うか、逃げるか、悲観するか、我が人生を恨むか、

受け止めるか、見出すか、改めるか、踏み出すか、

 

すべてが、見えている世界によって
変わってる。

 

介護保険申請

 

わたしが、

 

2年前から準備し始めた、この日を
多くの人は、受け止める準備しているだろうか。

 

無関心は簡単に動物を殺す。

 

と、いうことを、わたしは知っている。

 

同じ屋根の下に住んでいようと
見えないふりをしてしまえば
無関心だ。

 

 

2年前に
オヤジの年齢が70歳を超えることを知った時、

迫り来る介護を予想し

どうやったら
一生大好きなことを続けるために
介護と人生を両立することができるのだろうか?と考えて
バイトを辞めて、転売スクールに入ったワケ。

 

紆余曲折あったけど
在宅で仕事をできるようになり

オヤジが50年間のサラリーマン人生を終えて
24時間 家で、何もしなくなる日に向けて

実家に「仕事場」という部屋を作り
父と娘と犬3匹との共同生活をスタート。

 

今年の3月に、オヤジのリタイア。

それから。きっちり、半年。

本当に計算されたように、半年経過した9月30日だった。

 

本人の申告する症状は、

体調が悪い
頭がぼーっとする
目がさらに見えなくなった
体が思うように動かない

外観から見たところ、

視覚が定まらないので手元がおぼつかない
過去の出来事が現在起こっていることと混同してしまう
トイレが間に合わない

そんな感じ。

 

この時はまだ、1人で外出できたので
タクシーに乗せて、内科と眼科に行かせたら、

12月に白内障の手術をすることを決めて帰ってきたけど
内科では何も問題を提示されなかった。けど、

 

それから2週間ほどだった時
家の中を歩き回り始めた。

 


「何してるの?」

「トイレに行こうと思うが、場所がわからない」

「ここは台所だから、玄関の方だよ」

「ああそうか」

そう言って、玄関の扉を開けようとし始めた。


「何してるの?」

「寝ようと思う」

「寝室は二階だよ」

「階段の場所がわからないんだ」

「階段はトイレの隣だよ」

「ああ、外か、外階段か」

うちにはもちろん、外階段はない。

 


 

 

完全に、普通の状態ではなくなってきて、

そして、きっちり半年経ってから3週目

 

ワンコのご飯のある場所がわからなくなり、
階段のある場所がわからなくなり、
トイレの場所がわからなくなり、
家の中の配置が全くわからなくなった。

 

ワンコも様子を察し、
ずっとオヤジに優しく寄り添っている。今日。

 


介護保険の申請へ。役所はとても親切。


 

初めての申請。
調査員さんとの面談は10日後。

 

それまでは、
わたしが、止むを得ず出張のときは
近所に住む オヤジの従姉にあたる親戚に
生存確認のために、我が家を訪問してもらうよう、相談した。

ワンコは動物病院で に預ける準備ができている。

 


災難なの?不幸なの?それとも発見なの?切欠なの?


 

どういう認定が下りるかわかんないけど、
わたしは何故か、とても前向き。

それには、ちょっとした
視点の変化を持つことができたからなんだ。

 

パプリカ 野菜を食べよう

 

物事の受け止め方は、人それぞれで
同情を買うつもりもないし
慰めてもらおうとも思わない。

 

ただ、
現実を拒んで、狭い視野で生きている人がいるならば

 

わたしの、この、考え方を
少し知ってもらおうかなぁと

綴ろうと思っただけ。

 

たたそれだけ。

 

ちょっと長くなったから、
今日はここで。

 

ばーい。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

舞台女優。クラシックバレエ・フラメンコ・中国武術・唄の経験を活かし舞台演劇に携わる傍ら、国内外ECサイトで物販業を運営。後進者育成アドバイザーとして活動。ストレッチサークル主催。SHOW企画。